小川祥汰のWiki経歴プロフィールや生い立ち!中学・高校など学歴は?

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2024年2月4日、車いすバスケットボール「長崎サンライズ」で主将として活躍していた小川祥汰さんが2月3日、骨肉腫で亡くなったという報道がありました。23歳でした。

23歳というとまだ若くこれからですよね。報道を聞いて突然の訃報で驚きました。

小川さんは、車いすバスケの選手として有名な方で過去にテレビなどの取材も受けていました。

そんな小川さんはどのような方だったのかまとめました。

小川祥汰のWikiプロフィール!

小川さんのプロフィールです。

  • 氏名:小川 祥汰
  • 生年月日:2000年5月4日
  • 享年:23
  • 所属チーム:長崎サンライズ

小川さんは車椅子バスケットプレイヤーとして活躍していました。

その活躍はさまざまな媒体で取り上げられています。

それだけ話題性・影響力のある選手だったということですよね。

所属していたチーム長崎サンライズであり、県内では強豪として有名なチームでした。

生い立ちや経歴は?

小川さんは小学4年生の時にバスケットボールと出会いました。

以降、バスケットボールに打ち込み小学校・中学校と主将として活躍、高校では1年生でレギュラーになります。

小学4年生からバスケットを始め、既に小学校で主将に任命されていることから、バスケットの才能があり努力も続けていたのでしょうね。

そして高校1年でレギュラーになっていますから、努力を継続していたこともわかります。

高2の夏、小川さんは左膝に痛みを感じ始めます。当時は「よくある膝の痛み」と思っていましたが、高3に進学する直前の3月、走れないほどの痛みを感じるようになりました。

病院へ行き検査をした結果、足にできるがんである「骨肉腫」と診断されました。

その後、高校3年生の年の6月に左足を切断。

さまざまな術式がある中で、小川さんは残った足先を180度逆さに結合させるローテーション手術を選択しました。

それは、足首の関節を膝の関節に代用し運動機能を残存させるための手術ということです。

術後、がんが肺へ転移したことも判明し小川さんは絶望を感じていたそうです。

そんな中、高校のバスケットボール部の顧問の先生から車いすバスケットボールが紹介され、小川さんは「車いすバスケ」の道を目指しました。

ハードな練習をしつつ、九州大会2連覇中の強豪チームである「長崎サンライズ」に入部、主将として活躍しました。

2022年には、わずか競技歴3年でありながらU23日本代表候補に選出されました。すごいですね。

そして2023年5月、「電通デジタル」に入社します。

主な戦績

  • 2021年 第18回北九州チャンピオンズカップ 3位
  • 2023年 TOYOTA U25 日本車いすバスケットボール選手権大会 2023 4位

このように素晴らしい成績をおさめていました。

競技を開始してから少ない時間で代表候補に選出されていることから血のにじむような練習を繰り返してきたことが想像できます。

中学・高校など学歴は?

小川さんが通っていた高校はどこでしょうか?

出身高校は「長崎北陽台高校」です。

偏差値は「69」となっています。

相当学力が高い学校ですよね。

このことから、小川さんは学業や部活に真剣に励みつつ成績をも優秀である優れた学生であったことがわかります。

住所:〒851-2127 長崎県西彼杵郡長与町高田郷3672

出身中学は「長与町立長与第二中学校」です。

住所:〒851-2126 長崎県西彼杵郡長与町吉無田郷322

出身小学校は「長与南小学校」です。

住所:〒851-2127 長崎県西彼杵郡長与町高田郷1196−80

まとめ

今回は、車いすバスケットボール「長崎サンライズ」で主将として活躍した小川祥汰さんについてまとめました。

骨肉腫という病におかされ、しかも生まれつきではなく健常な状態から突然病気を患い障がいをもちました。

その時の絶望は計り知れないものがあったと思います。

しかし、その絶望に負けずに状況を受け入れ逃げることをせず立ち向かっていった小川さんには尊敬しかありません。

多くの同じ病気や困難に悩み苦しんでいた方々の光になったことでしょう。

それだけに、本当に残念でなりません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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